スワンボートを漕ぎながら

元文学部生のぼやきです

『神々のたそがれ』  私たちが目を背けたくなる「野性性」

アレクセイ・ゲルマンに比べればタランティーノはただのディズニー映画だ。--- ウンベルト・エーコ(哲学者)  

 横浜のシネマリンにて、アレクセイ・ゲルマン『神々のたそがれ』を観てきました。原題は「神様はつらい」だそうです。


「神々のたそがれ」予告編 - YouTube

 先に言っておくと、この予告のような映像が3時間ほど続きます。自分は途中寝そうになりましたが、なんとか耐えました…。

近代以後、必死に隠してきた「野性性」

この映画には原作があって、ストガルツキー兄弟の小説を元にして作られています。ですので、観ただけではストーリーを追えない可能性があります。自分も鑑賞後にあらすじを読んで理解しました。ですので、少しだけあらすじを紹介します。


舞台は地球より800年ほど発達が遅れた惑星アルカナルで、その惑星に地球から数十人の学者が派遣されます。そこで人間は神のような扱いを受けますが、惑星の文明はルネサンス初期の様相を見せたまま進歩せず、王権守護大臣ドン・レバによる知識人狩りが始まります。その政権に対して、主人公のドン・ルマータが反抗心を燃やし…という内容です。


このあらすじを元にして物語は進んでいきます。といっても、映されるのは惑星の住民たちの姿がほとんど。ですので本作を他の大衆映画のように観ると「退屈だ!」と感じるわけです。観る人によって賛否が分かれ、また解釈も異なってくるでしょう。

私は本作品の中に、私たち現代人が再確認しなければいけない、重要な事実が隠されていると思いました。それは何かと言うと、人間が持つ「野性性」です。


『神々のたそがれ』に登場する住民たちはみな、汚くて、臭そうで、非理性的なんですね。また、そこに残虐性も加わるので、本編では観るに堪えないような映像が続きます。しかし、彼らのような醜悪な住民たちを観ていると「これが人間の本来の姿ではないのか、私たちは近代社会の檻の中で暮らしているのではないか」と思ってしまうんですね。
また、住民たち(知識人含む)はみな、頻繁に臭いを嗅ぎます。それは食べ物であったり、泥であったり。あえて泥や血を顔に塗って深呼吸をする、なんて場面もあります。

彼らは常に嗅覚を働かせているのですが、それは人間よりも動物が重視する感覚ですよね。さらに彼らは、嗅覚だけでなく触覚や味覚、聴覚も刺激します。歩きながら楽器を演奏したり、お互いに触れ合ったり。

しかし、視覚だけ尊厳が与えられないわけです。権力者のレバは知識人狩りを通して、眼鏡を作る知識人を殺してしまったという事実が住民を通してわかります。現代人が一番大切だと考える「視覚」ですが、それは権力者にしてみれば邪魔でしかないわけです。
レバが知識人を殺す理由も「臣民支配において知識人は邪魔な存在である」から。

国家を統治するためには知識人は不要、野性的であるのが最適である。そう考えているわけです。

この映画を「笑い」で一蹴することが可能か?

私は文学部ということもあり、生々しい描写に対して免疫があると思っています。しかし、いわゆるスイーツ系の女子高生がこの映画を観たらどう思うのか、またどういう反応を見せるのか。

私は「笑う」もしくは「拒絶する」と考えたのですが、果たして、野性的な住民たちを「笑う」ことは出来るのでしょうか?

笑いには不快な要素を一蹴してしまう効果があります。ここである映画監督が述べていた言葉を紹介します。

喜劇とは至極滑稽でなければならない。もし自分が登場人物だったら、滑稽では済まされない状況にキャラクターを置く。それが観客にとって、至極滑稽に見えるのだ

しかし、本作は喜劇ではないですよね、だから単純に滑稽だとは捉えられない。

少し話がずれますが、滑稽と見なす側⇔滑稽と見なされる側の支配関係を簡単に作ってしまうのが「かわいい文化」です。

「かわいい」論 (ちくま新書)

「かわいい」論 (ちくま新書)

 

 不快でグロテスクなものを「かわいい」と言って純粋なベールに包んでしまう。それは拒絶すべき事象への適切な対応策なんです。これを上手にこなすのが日本人の女子である。
では、この映画を「かわいい」と言えるのか?さすがにそれは難しいでしょうね…。では、この映画を「笑える」か…?

★★★

自分はこの映画を友人に紹介するとき「汚い映画」と言って紹介しました。そうしたら友人は笑っていました。「汚い映画ってなんだよ、観てみたい」と。

しかし、実際この映画を観て笑えないと思います。住民たちは滑稽なのですが、滑稽以上に野性的です。それは自分たちが抑圧している不の部分と言ってもいいです。その不快な姿を執拗に見せてくる。拷問、裸体、死体など…。

「人間はこの野生性とどう付き合っていくのか」、一度真剣に考えてみたいと思っています。

人間が目を背けたい野性性を再認識させられる『神々のたそがれ』、まだ公開していると思うので、時間がある方はぜひ!