スワンボートを漕ぎながら

元文学部生のぼやきです

『ストレッチ』(アキリ) ストレッチは不要な描写なのか?

健全なる精神は健全なる身体に宿る byユウェナリス *1

みなさんは健康に気を遣っていますか? 

先に紹介したのはユウェナリスという人物の言葉です。彼は古代ローマ時代の風刺詩人、弁護士です。彼が著書『風刺詩集』で述べたこの言葉は、二千年後の私たちにも伝わるほど力強い言葉ですよね。

彼の他にも「ショーペンハウアー」なども健全な身体を第一に考えています。ずっと机の前に座って思考するのではダメだ、身体を動かせ。彼らは健康の重要性を強調しています。

  彼らのような著名人に言われるまでもなく、私たちは昔から、親や先生に「健康でいなさい」と言われてきました。それは「健康」や「健やか」が教訓になっている学校もあるほどで、そのおかげで、私たちは普段から「健康」を意識して生活することが出来ています。

 しかし、実際に健康に気を遣っている人は、どれくらいいるのでしょうか? 毎日の仕事に追われ、不健康な生活を過ごしている人が多いと思います。

 健康を望んでいても、なかなか実践出来ない・・・。今日はそんな人におすすめの漫画を紹介しようと思います。

正直、あんまりストレッチ関係ない 

ストレッチ(1) (ビッグコミックススペシャル)

ストレッチ(1) (ビッグコミックススペシャル)

 

 それは、現在「やわらかスピリッツ」にて連載中の『ストレッチ』です。

 私はあまり漫画を読みません。本屋に立ち寄ったついでに、ふらっと漫画コーナーを巡回する程度です。そんな巡回中に、偶然目に入ったのがこの漫画でした。表紙がシンプルで、癒されそうな漫画だなーと思い購入しました。

 内容を簡単に説明すると、ある日、社会人である慧子の元に高校時代の後輩である蘭がやってきます。蘭は女子大学生で、慧子の家には居候のような形で住み始めます。そんな蘭の趣味であり日課なのが「ストレッチ」なんですね。蘭に影響されて、慧子もストレッチをし始めます。次第に二人の距離も縮まり…(以下略)。

 

 この説明を読むと「そんなにストレッチ関係ないじゃん!」と思うかも知れません。

 そうなんです、実際ストレッチ関係ないんです。ストレッチは題材でありながら、正直無くてもよい話題なんですよね。この物語においての魅力は「二人が抱えるシリアスな過去」ですし、見方によってはストレッチの描写が物語の邪魔をしていると捉えることも出来ます。

この問題については、作者・アキリさんのインタビュー記事を参考にしてみてください。

www.womaninsight.jp

それならストレッチは無視して読み進めていいのか?

 この漫画を読んでいる人の中に、ストレッチの場面を飛ばしている人がいるかも知れません。もしかたら多いかも?

 しかしやはり、この漫画にはストレッチの描写が必要不可欠です。それはどうしてかと言うと、ストレッチの場面が「シリアス部分を中和している」からなんですね。

『ストレッチ』を読まれている方はご存じかと思いますが、慧子と蘭の二人が抱える悩みが、非常に重い、心底暗い。本作品の2巻においては、慧子の夢を「シュルレアリスム」的に描写していますが、これ、慣れていない人にはホラーですよ。

でも、そんな暗い過去を吹き飛ばすかのように、二人は楽しそうにストレッチをしている。読者はストレッチをする二人の姿を見て、救われるんですね。

★★★

最後に、私がオススメしたい本作品の魅力を書いて終わります。それは、手軽に出来るストレッチが「わかりやすく丁寧に、エロく」説明されていることです。

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 これは女性大学生の蘭がストレッチを実践している場面です。非常にシンプルで、かつわかりやすくストレッチの説明がされていますよね。さらに言うと、ストレッチをしている姿がなかなかエロいです。

基本的には、慧子と蘭の「二人」でストレッチをする場面が描かれています。そして徐々に、二人の心理的距離が縮まっていきます。ネタバレになるので控えますが、最新刊では「そろそろストレッチ不要なんじゃないの?」と思ってしまうほどの展開っぷり。いや、でもストレッチの描写は必要なんです。

また、各話の間に「ストレッチを継続するコツ」という実用的な小ネタも挟まっており、本作品に影響されてストレッチを実践してみようと思った読者の事も考えられています。私も影響されて、毎晩ストレッチしています。

 

 みなさんもぜひ、ストレッチをして健全な精神を宿してみてください。

yawaspi.com

 

*1:この言葉の意味を「健全な身体の重視」とするのは誤用であるという意見もあります。また、軍国主義時代にプロパガンダ的に用いられたとして、否定的に捉えられることもあります。